第十一章 不格好な鏡

三度目の冬も終わりに近づいたが、山間の寺には、まだまだ骨に沁みるような寒さが居座っていた。

墨染(すみぞめ)の法衣(ほうえ)に身を包んだ朴念は、今や立派な修行僧の顔つきで日々の作務に励んでいる。だが、その肩にかかる荷は、以前よりも軽くなるどころか、むしろずっしりと増していた。

原因は、新しく入った下働きの千太(せんた)である。

千太は、朴念があの夕暮れに薪を背負ってやった老婆の孫だ。根は真面目で、教えられたことは愚直なまでに守る。朝は誰よりも早く起きるし、掃除の手を抜くこともない。だが、千太には致命的に欠けているものがあった。

それは「美意識」――あるいは「粋(いき)」というべき感性だった。

例えば、飯炊きだ。米の吸水具合はその日の気温、湿度によって違う。そのため、水加減を微妙に変えなければならない。だが千太は、真面目すぎるがゆえに、いついかなる時も杓子定規に同じ量の水を入れる。結果、雨の日にはべちゃつき、乾燥した日には芯が残る。

「千太、今日は冷えるから水を少し増やすんだ」 朴念が言っても、千太は「へえ、さようで…」と首を傾げるばかり。

膳の盛り付けもそうだ。器の並び順こそ完璧だが、煮物は鍋から放り込んだように積み上げられ、香の物は無造作に散らばっている。

「千太な、料理は目で食うとも言うだろう。こう、少し高く盛って、彩りを添えれば味が引き立つのだ」 朴念が手直ししてやると、千太は感心したように言う。「へえーっ、朴念様は凄いですなぁ。味は変わらねえのに」 悪気はない。ただ、見えていないのだ。

結局、朴念は千太の仕事の後始末に追われることになった。「千太はまだ子供だから仕方ない」 そう自分に言い聞かせ、ついつい甘やかしてしまう。自分がやった方が早いと手を貸してしまう。そのせいで、朴念の時間は削られていく一方だった。

それでも、朴念には譲れないものがあった。一つは、老師が大切にしている「枯山水」の庭を整える仕事。もう一つは、日に一刻(いっこく)と許された、絵筆を握る時間だ。

どれほど忙しかろうと、睡眠時間を削ってでも、この二つだけは死守していた。それは朴念にとって、息をするのと同じくらい必要なことだったからだ。

ある日の午後。朴念と千太は、長い回廊の雑巾がけをしていた。千太はいつものように、全力で雑巾を押し進めていた。

「うおりゃあああー!」気合を入れるのは良いが、周りが見えていない。ガッ! 千太の足が、水汲み用の桶に引っかかった。「あ……」 バッシャーン!! 氷のような水が派手な音と共にぶちまけられ、磨き上げたばかりの廊下が水浸しになった。

千太は顔面蒼白になり、凍り付いた。「す、す、すいません! 俺、また……!」

その、あまりの狼狽ぶりと、濡れ鼠になった情けない姿を見て、朴念の腹の底からこみ上げるものがあった。怒りではない。

「ぶっ……くくく!」 朴念は吹き出した。こらえきれず、腹を抱えて笑い転げた。

「ははは! 何やってんだお前は! 派手にやったなぁ!」 ひとしきり笑った後、涙を拭いながら雑巾で冷たい水を吸い取っている千太を見た時、朴念の脳裏にハッと閃くものがあった。

(……この姿を絵にしたら、さぞや面白いのではないか?)

失敗し、縮こまり、濡れそぼる小坊主。そこにはどうしようもない「人間の愛嬌」があった。

その日の夕刻、朴念は筆を執った。紙の上に生まれたのは、目を白黒させて桶をひっくり返す、滑稽で愛らしい千太の姿だった。

それからの朴念は、千太を見る目が変わった。これまで溜息交じりの苦笑いで済ませていた千太の失敗が、今では愛おしく、むしろ「次はどんなヘマをするのか」と待ち遠しくさえなってきたのだ。

柱の埃を払おうとして、逆にはたきの埃を被り、真っ白な幽霊のようになる千太。重い水桶を運ぶ途中、自分の足に躓いて盛大に転ぶ千太。考え事をして歩く老師の後ろに続き、老師が急に止まったのに気づかず、老師の背中にド頭突きをかます千太。

「あちゃあ……」 失敗のたびに頭を抱える千太を見て、朴念は物陰で一人、笑いを噛み殺した。(いいぞいいぞ、その顔だ) 観方を変えた途端、イライラさせられるだけだった日常が、ネタの宝庫に見えてきたのだ。

だが、ある霜の降りた朝のこと。朴念はふと、井戸の裏で千太がうずくまっているのを見た。また何か失敗して泣いているのか? 朴念は絵の題材にするつもりで、足音を忍ばせて覗き込んだ。

千太は泣いてはいなかった。かじかんで赤く腫れ上がり、あかぎれで血の滲んだ自分の手に、一生懸命に息を吹きかけていたのだ。

「ハァーッ、ハァーッ……」 白い息で手を温め、痛みに顔を歪めながらも、千太はまた直ぐにタスキを掛け直し、冷たい水仕事へと戻っていった。

その背中を見た瞬間、朴念から笑みが消えた。胸の奥を、鋭い痛みが貫いた。

そこにいたのは、千太であって千太ではなかった。要領が悪く、失敗ばかりして、それでも認められたくて必死にもがいている小さな背中。それは紛れもなく、三年前、この寺に来たばかりの自分自身の姿であり、奉公して間もない頃の自分でもあった。

(……俺は、千太を描いていたつもりで、俺自身を描いていたのか)

朴念は筆を取り出すことも忘れ、その場に立ち尽くした。不格好な鏡に映った自分の過去。その愛おしさと切なさが、冬の朝の冷気と共に、朴念の心に静かに沈殿していった。

不思議なものだ。己の姿というものは、自分自身の目では決して見ることができぬ。だが、人との関わりの中で他者に心を重ねた時、初めてありのままの自分が見えてくる。

かつて、奉公のために都へ上った頃の自分はどうだったか。「絵こそが俺の特技だ」「好きなことをして何が悪い」と嘯(うそぶ)き、為すべき務めをおろそかにし、同好の輩(やから)とつるんでは自分を正当化していた。

あの頃の自分は、自分が間違っているなどとは微塵も思っていなかった。だが、周囲の者たちは、そんな私をどんな目で見ていただろう。

私に仕事を教えようとしてくれた人、身を持ち崩す私を本気で心配してくれた人、励ましの声をかけてくれた人。そうした仲間たちに対し、私は心を閉ざし、「孤独」という名の身勝手な城に逃げ込んでいたのだ。

自分同様に勝手気ままに生きる者とだけ共感し、傷を舐め合うことで、己の未熟さを誤魔化していたに過ぎない。

それに引き換え、今の千太はどうだ。不器用で、失敗ばかりしているが、あの頃の私に比べれば遥かに素直で、献身的で、前を向いて励んでいる。そう思うと、胸の奥が熱くなった。

今、私が千太に対して抱いている「どうにかしてやりたい」「見捨ててはおけぬ」という思い。それはまさしく、かつて私が切り捨て、疎ましく感じていた友人や主人たちが、私に向けてくれていた思いそのものではなかったか。

千太という存在を通し、私はようやく、かつて私に寄り添ってくれた人々の気持ちを知ることができた。もう遅いかもしれない。彼らに詫びることも、礼を言うことも叶わぬ。だが、彼らが私に向けていた眼差しが、今の私と同じ「慈しみ」であったことは間違いないだろう。

朴念は、あかぎれだらけの手を合わせ、千太の背中、そしてその向こうにある過去の自分に向かって、静かに頭を下げた。