第五章 一杯の白湯(初冬)~喫茶去~

木枯らしが吹き始め、冬が到来した。朴念は老師の荷物持ちとして、村一番の分限者(金持ち)の屋敷を訪れた。

「おお、これはこれは老師様!よくぞお越しくださいました!」 主人は揉み手をして出迎え、老師をきらびやかな奥座敷へ通した。

朴念が老師の荷物を降ろそうとすると、主人は汚いものを見るような目で朴念を一瞥し、顎で指図した。「おい小僧、それは土間に置いておけ。畳に上げるなよ」

「……はい」 朴念が返事をすると、主人はすぐに興味を失い、老師に向き直って猫なで声を出した。

「ささ、都の名店から取り寄せた逸品がございますぞ」 主人は老師の機嫌を取るのに必死で、荷物持ちとして控える朴念には、目もくれなかった。

数日後、老師の使いで、朴念が一人でその屋敷を訪れることになった。書状を届けるだけの簡単な使いだ。「頼もう」 玄関先で声を上げると、主人が顔を出した。だが、朴念一人だと分かると、その態度は豹変した。

「なんだ、お前か。……チッ、忙しい時に」

「あ、あの、老師からの書状を……」

「そこへ置いておけ。おい小僧、次来る時は裏口へ回れ。客用の玄関はお前のような小僧がまたいで良い敷居ではない」 主人は鼻を鳴らし、扉をピシャリと閉めた。

寒風吹きすさぶ玄関先に取り残され、朴念は苦笑するしかなかった。(小僧、か。ま、違いないがな)

その帰り道だった。秋に荷物を運んでやった老婆と出くわした。

「おや、寺の小坊主さんじゃありませんか!」 老婆は朴念の冷え切った赤鼻を見ると、慌てて手招きした。「まっ赤な顔をして……お寒うございますなぁ。こんなあばら家ですが、風除けくらいにはなります。寄っていってくだせぇ」

「いや、俺のような小僧が上がり込んじゃ悪いですから」 朴念が遠慮すると、老婆は悲しげに首を振った。

「小僧だなんてとんでもねぇ。私にとってはありがたい小坊主さんだ。ささ、遠慮なさらず」

通されたのは、隙間風の吹く薄暗い土間だった。だが、老婆は囲炉裏の一番暖かい上座(かみざ)に朴念を座らせると、自分は土間に膝をついた。

「何もねえ家で申し訳ねぇが……」 そう言って出されたのは、欠けた湯呑みに注がれた白湯(さゆ)だった。

朴念はその湯呑みを両手で包み、一口すすった。熱い湯が、冷え切った内臓に染み渡る。茶葉など入っていない。だがその湯には、老婆の「精一杯のもてなし」と「温まってほしいという真心」が溶け込んでいる。

朴念は「小坊主さん」と呼ばれて出された白湯を尊く見つめた。

「……美味い」 朴念が呟くと、老婆は顔をくしゃくしゃにして笑った。

帰り際、老婆は「庭で採れたから」と、抱えきれないほどの泥付き大根を朴念に持たせた。それは分限者の出す都の菓子よりも、遥かに重く、温かかった。

「喫茶去(きっさこ)」――「まあ、お茶でも召し上がれ」その禅語の真髄が、欠けた湯呑みの中にあることを、朴念は舌ではなく心で味わっていた。