都の五条の橋を渡り、一行は東へと歩を進めた。山科(やましな)を抜け、逢坂(おうさか)の関を超えれば、そこは琵琶湖の南、近江(おうみ/現在の滋賀県)である。
現代の感覚では、都から三河へ向かうなら「東海道」を行くのが当然と思われるかもしれない。だが、この時代の「道」の概念は少し異なる。「東海道」や「東山道(とうさんどう)」というのは、律令の昔に定められた「五畿七道(ごきしちどう)」という行政区画の名称であり、必ずしも一本の整備された街道を指すものではない。
かつて役人のために置かれた「駅」という施設が道筋を示す標(しるべ)であったが、今では古(いにしえ)の駅を中心に自然発生的に形成された町屋が旅人の休息を担っていた。
一行が選んだのは、近江から美濃(みの/現在の岐阜県)へと抜ける「東山道」の経路だった。本来なら近江から南下し、伊賀、伊勢を経て鈴鹿の山を越える方が僅かに近道だ。だが、護衛役の藤太は、あえて東山道を通る北寄りの山ルートを示した。
「兄者、なんでわざわざ山道を行くんだ? 伊勢へ抜けて船に乗った方が早くて楽だろう」 弟の藤次が尋ねると、藤太は足元の土を踏みしめて答えた。
「ああ。旅に慣れてねえと、みんな平場を行きたがるがな。平場ってのは元々川が入り組んで迷路のようになっているから、その場に慣れてない俺達には危ういんだよ」
たしかに治水など行き届いていない時代、平地を流れる川は曲がりくねり、幾つにも分かれ、合流し、所々に行き止まりの道を作る。「まして、もうじき雨の季節だ。平地の川は暴れるぞ。そうなったら何日も足止めをくうことになるんだ」
藤太の言う通りだった。特に伊勢から尾張にかけての河川下流部は、ひとたび雨が降れば増水し、道は泥の海と化す。船渡しなど論外であった。藤太はこれまでにも行商人達の護衛として同行した経験があった。商人は、“お天気頼みの行程を選ぶなど、物を知らぬ素人さ”と吐き捨てていたそうだ。
たしかに山岳路や河川の上流部であれば、たとえ雨が降って増水しても水が引くのが早い。歩いて渡れる浅瀬も多い。例え崖が崩れても幾らでも迂回できる。そして何より、旅の命綱である「清水」の確保が容易なのだ。平地の濁った川水など命取りである。
「なるほど、兄貴はやっぱり『勘』がいいな!」 藤次が感心して兄の背中を叩く。朴念はそれを聞きながら、心の中で突っ込みを入れた。(いや、そりゃあ「勘」とは言わんだろう。「知恵」と「経験」だよ、藤次さん) だが、無骨な兄を自慢げに見る藤次の顔を見て、朴念は何も言わずに微笑んだ。
しかし、峠を越え美濃の国に入ると、一行から笑顔は消えた。
所々で、焼けた家を見掛けた。さらに進んだ山里の村では、全ての家が焼かれていたところもあった。焼け出された住民らしい汚れた衣服を纏った者が、黒く焦げた柱の陰に隠れるように潜み、虚ろな目で一行を見つめている。
それ以上に悲しむべきことは、道端に重ね置かれた遺体の数々である。近くに穴が掘られており、埋葬しようとしているようだが、人の数が少なくはかどっていないのだろう。異臭が鼻をつき、ハエが黒い雲のように集っていた。
一行を、住民らの生気の失せた視線が追ってゆく。互いに話しかける言葉も無い。ただ、足音が重く響くだけだ。「……ひでえなぁ」 藤次が小さく呟く。
どうやら村は何者かに襲われたのであろう。野盗か、あるいは近隣の小競り合いか。都の外れに住んでいてはわからない、生々しい現実がそこにあった。
ふと、朴念は道端で膝を抱える薄汚い身なりの小僧と目が合った。泥にまみれ、あばら骨が浮き出たその姿。(……俺だ) 朴念は息を呑んだ。まるで、かつて橋の下で絶望していた頃の自分を見ているようだと思った。哀れだとは思う。だが、声さえかけられない。今の自分には、彼を救う術がない。
あの頃、老師が自分に声をかけ、厳しいながらも「寺」という居場所を与えてくれた。それがどれほどありがたい事であったか、今更ながら身に染みた。ただの施しではなく、生きる場所を与えてくれたのだから。
余りの惨状に、いつも暢気な千太でさえ口をつぐみ、目にうっすらと涙をにじませた。耐え切れなくなったのか、千太は昼の残りの握り飯を懐から取り出し、その小僧に差し出そうとした。「待て!」 藤太の太い腕が、千太の手を遮った。
「な、なんでだよ! 可哀想じゃねえか!」 千太が抗議するが、藤太の目は厳しく、そして悲痛だった。「哀れだが、半端な施しはかえって地獄だ」
「地獄だって……?」
「そうだ。その握り飯一つで、あの子は今日の糊口(ここう)を凌げるかもしれねえ。だが、明日はどうする? 明後日は?」 藤太は周囲に潜む気配を顎でしゃくった。
「それに見てみろ。周りの目を」千太がハッとして周囲を見る。物陰から、餓鬼のように目をぎらつかせた大人たちが、千太の手元の握り飯を凝視していた。
「その施しが、争いの種になるんだ。奪い合い、憎しみあい、更には満たされない餓鬼の群れが俺たちを襲うかもしれねえ。飢えて希望の無い人々は地獄の亡者だ。気まぐれな施しは自己満足でしかない」
藤太の言葉は残酷だったが、真実だった。地獄は、今目の前にあった。千太は震える手で握り飯を懐に戻し、溢れる涙を袖で拭った。一行は逃げるように、その村を通り過ぎた。
美濃の国に入り、井ノ口(いのくち)を抜け、美濃加茂(みのかも)、可児(かに)と木曽川沿いの山道を進んでいたある日のこと。やはり日が暮れるまでに里へ降りることができず、一行は野宿することになった。
「今日はここで野宿だ」 藤太が適当な川原を見つけて荷を下ろすと、そこからは千太の独壇場だった。
「へいへい、お任せくだせえ!」 昼間の涙を振り払うように、千太は過剰なほど元気に動き回った。
手際よく枯れ枝を集めて焚き火をおこし、沢から清らかな水を汲んでくる。持ち合わせの干し飯や野菜を使って、あっという間に温かい雑炊を作ってのけた。
「朴念様、熱いうちにどうぞ!」 食事が終われば、すぐに沢へ降りて器を洗い、荷物を枕元に整えて寝床を作る。
どうも千太という小僧は、寺や宿のような安全な場所では気が緩んで怠けるが、何もない不便な所では、人一倍気が回り、機転を利かせるらしい。悪く言えば、見せ場を心得ているようだ。温かい火と食事、そして満天の星。千太以外の三人にとって、意外にも野宿は心地よいものだった。
だが、その炎の揺らめきを見ていると、昼間に見た焼けた村の残像が脳裏をよぎるのだった。
パチパチと薪の爆ぜる音が響く。赤々とした火を挟んで、朴念は藤太と藤次に向かい合った。二人は腰の刀を傍らに置き、丁寧に手入れをしている。油を引く手つきは慣れたものだ。
「なあ、藤太。それに藤次も……」 朴念は呼びかけた。
旅も数日経ち、互いに名は呼び捨て、二人は朴念を「坊さん」と呼ぶようになっていた。遠慮はない。
「二人は名主殿の家の者だと言うが、そうして刀も下げて、手入れも怠らない。……やっぱり、ふたりは名主の頼吉殿に仕える『武士』ってことなのか?」
藤太と藤次は顔を見合わせ、先に口を開いたのは弟の藤次だった。
「我らが武士ってことはねえだろ? 旦那様(只野頼吉)も、もう武士は捨てたって言ってるし、せいぜい名主の家の居候ってことなんじゃねえか?」
次に兄の藤太が、太い腕を組んで答えた。
「そうだなぁ。先代の旦那様は今川の宗家に従い、あちこち戦いに行かれてたそうだから、世間じゃあ『武士』って呼ぶんだろうが……。今じゃ今川の宗家は遠国へ行っちまって、先代様はその時に暇(いとま)を乞うて今の場所に落ち着いたらしいからな。なにより頼吉殿が『おらは百姓だ』って、今の暮らしを気に入って居られるからな。俺らも刀下げてて、護衛の仕事なんかもするけど、やっぱり“百姓”だって……思うんだが……それじゃ駄目なのかな?」
百姓。武士。江戸時代とは違い、この時代の身分は曖昧で、多くは「自称」であった。藤太たちの主である只野氏も、かつては戦場を駆けたが、今は土地に根ざす「名主(百姓)」に戻った。それでも、その家人である藤太たちは刀を帯び、用いずとも「武」を以て主に仕えている。
本人たちがどう思おうと、身分など、他者が認めて初めて意味を持つ。恐らくその出で立ちから誰もが彼らを武者と思うだろう。だが、彼らにとって、そんな定義はどうでもいいことだ。人の本質は、中身だ。
そこで朴念は尋ねた。「なあ、藤太」 唐突に火を木の枝でかき混ぜながら言った。「お前さん、人を殺めたことはあるのかい?」
一瞬、場の空気が張り詰めた気がした。藤太は手入れの手を止め、真顔で首を振った。
「馬鹿言っちゃいけねえ。そんな怖え事した事あったら、坊さんの護衛なんざしてねえよ。地獄送りにされちまうだろう」 拍子抜けするほど正直な答えだった。
朴念が更に尋ねる。「なんだ、じゃあその刀は飾りか?」
藤太はむっとして答えた。「当たり前だ。こんなもん、本当に使う奴は人間じゃねえよ。鬼か獣だ」
朴念は思わず吹き出しそうになったが、同時に胸の奥が温かくなるのを感じた。(何のための護衛なんだか)
武門の末裔を自称し、強そうな刀を下げてはいるが、その中身は人を傷つけることを恐れる、ごくまっとうな人間なのだ。昼間、「半端な施しは地獄だ」と千太を止めた時の、藤太の悲しい目を思い出す。彼は知っているのだ。刀が招く地獄を。人が人でなくなる瞬間を。だからこそ、彼は刀を「飾り」だと言い切る。
その心根に、朴念は心底安堵した。むしろ、腕っぷしが強いだけの乱暴者より、よほど頼もしく思えた。
「……そうだな。藤太みたいなまともな人間ばかりなら、この世も極楽と呼べるのかもしれないな」
「なんだよ坊さん、からかってんのか?」
「いや、褒めてるのさ」
朴念は笑って、千太が汲んでくれた水を飲んだ。夜風は冷たいが、焚き火と仲間たちの体温が、旅の不安を溶かしてくれていた。
